今考える、人的マネジメント
こんにちは、whywriteitマネージャー班のwhywaitaです。
この記事はwhywaita Advent Calendar 2016 16日目の記事です。
今回は「自分用メモ」シリーズをお送りします。
自分用メモとは
私が今考えている事について、10年後あたりに見返すためにとりあえずメモしておきます。
今回は人のマネジメントについて1度文章化しておきたいと思います。
前提
- 業務上のマネジメント歴は無し
- 学生団体のプロジェクトマネジメントが少しあり
- 今回はその時の経験を元に書きます
- 全ては私の主観と意見であり、断定的な表現においても他意はありません
始めに
私が思うに、集団のマネジメントにおいて「銀の弾丸」は存在しないでしょう。
多くの状況に当てはまるようなゴールデンパターンはあるかもしれませんが、必ずこれをすれば万事塞翁が馬というような方法は無いのではないかと考えています。
これは対象が集団、つまり人間だからなのではないかと思います。とはいえ同じ日本人で、似たような人間が集まっていると、似たような心理ロジックが生まれるために、似たような行動をとる事が多いのではないかと思います。
このような場合において、ゴールデンパターンというのは当てはまることが多いのではないかと考えます。
世の中にはマネジメントについて説くセミナーであったり書籍であったりはこのようなゴールデンパターンについて書かれている物が多いのでは無いかと考えています。
しかしこのゴールデンパターンというのがくせ者です。実際の所人間は十人十色なのですから、大筋は当たっていてもどうしても細部でパターンと違う部分が出てきてしまいますから、ただ従うだけでは上手く行かない事も多いのではと考えています。
マネジメントとは何なのか
マネジメントとは何なのか、私は「折衝する人」なのではないかと考えます。
SIerと呼ばれる人達が近いでしょうか。あのような業種の皆さんは、私の認識においては「お客様の要望」と「技術的、コスト的など様々な観点から生み出せる現実的な解」をどうにかして折衝し、価値を生み出している業務です。
プロジェクトマネジメントにおいて「お客様の要望」は「プロジェクトが目指すべきゴール」ですし、「現実的な解」というのは「チームメンバーのモチベーション」なのではないかと思います。
プロジェクトマネジメントにはその他にも絡む要素が多いので、この部分はその時々によって変わるかも知れません。
「〇〇がつらくて…」「それはマネジメントで解決すべきじゃない?」
「□□という問題もあって」「それはマネジメントで解決すべきじゃない?」
「△△って前提もあるんですよ」「それはマネジメントで解決すべきじゃない?」
これは先日後輩との会話にて発生した一幕です。
この時話していて思ったのですが、「マネジメント」という言葉が持つ万能感を自分で言ってから感じました。
何故ここまで万能的な感覚を覚えるのでしょうか。それは幾らでもやる事があるからなのではないかと思います。
最終的なゴールを満たすために、やらないといけない事は勿論あります。メンバーが好きな事だけをやっていてゴールに辿り着くのはもしかしたら最高の解かもしれません(違う可能性もあると私は考えています…)が、そのような事は極稀でしょう。
この折衝を取る手段は多くあります。メンバーのモチベーションを上げる事をやってみたり、メンバー間の繋がりを上手く繋げてやるような事をしてみるのも、折衝と言えるかもしれません。
どうやっていくべきか
ここからは私個人がマネジメントをしないといけなくなった時に、どのようにやるべきなのか、考えた結果を書きます。
全ての見通しを良く、話しやすい流れを作る
誰しもが不満を持って仕事はしたくないでしょう。ただし、人の感性というのは人それぞれですから、どのような事で不満を持つのか、どのような事で喜ぶのかを事前に知る事はまず不可能ではないかと考えています。
そういう時にどうすればいいのでしょうか。私は、不満だと思っている事を直接言ってもらえるような環境を作れば良いのではないかと思います。
「実はあの時、ああいう不満があったんだよ」と言われる時ほどつらい物はありません。「何故その時言ってくれなかったのか」という思いは思いつくでしょうが、逆に「何故言えなかったのか」を私は考えるようにしています(これは、私がマネジメントをする時に考える事です。お客様は神様理論にも通じますが、お互いに何故言えなかったのか/言ってくれなかったのかを考えるべきだと私は考えています)。
ではどうやればそのような事を出来るのでしょうか。これはゴールデンパターンの問題よりも難しい問題です。マネジメントを行う人間がどのようなキャラクターで生活しているのかという事にも依りますし、どのぐらいの人望を得ているのかにも依るでしょう。まだまだ他にも構成要素はあるかもしれません。
普段の振る舞いだけでなく、マネジメントをしているような時にどのような振る舞いをしているかにも依るのではないでしょうか。マネジメントをしている時は普段の視線を忘れがちですし、違う視点を持っている人間からすると振る舞いが全く違うように見えてしまいます。
マネジメントをしているような人は、どうしても立場的に上になってしまうような傾向にあります。そのようになってくるとどうしても不遜な態度を取ってしまっていたり、もし本人にそのような気が無くてもそのような振る舞いに見えてしまうような事があるようです。
そんな中でも気軽に気になった事を聞けるような関係を構築することで、不満を聞く事は出来るのではないでしょうか。その不満が完全に解消出来るのかは別の話ですが、少なくとも最低限のミスマッチは防げるのでは無いでしょうか。
最低限のラインは守る
前述しましたが、マネジメントをする際にはメンバーよりも上の立場、権限を得る事が多いでしょう。
モチベーションを上げるため、ゴールに向けての方向修正をするため、色々な所でメンバーに対して「指示」をする場面があるのでないかと思います。
そういう時にちゃんと指示出しを受け入れて貰えるような最低限のラインは守るべきなのでは無いかと思います。
これは前述の項目と相反しているように思えるのかもしれませんが、これも「折衝」です。違うかも知れません。
私はあまり威厳のあるような人間ではないので、どちらかと言えば自分の理解をしっかりと自分の中にある論理を話して納得して貰うような事が多いように感じます。話しているうちに私の考えが間違っている事が発覚する事もたまにありますし、そのような時は自分の中でもう一度理論を組み直す時があります。
自分に意見出来る人を1人は作る
先ほども書きましたが、自分の視点だけで判断するのはどうしても視界が狭くなってしまいがちです。
自分以外の人間が、自分の振るまいを評価して適宜修正してもらう必要があるのではないかと思っています。
自分1人で判断すると大体失敗します。自分の経験というのはどうしても偏った見方になってしまいますし、自分の行動が必ず正しいと思える人は中々居ないのではないでしょうか。
もし、自分の行動は完璧であると思えるのであれば、大体の場合でそれは間違いだと私は考えています。ですが、完璧であると思っている人間に限って非常に優れた人間である、正しい事をやっている可能性が高いです。私はその実例を何名か知っています。
私はそれほど優れた人間ではないので、必ず1人は意見できる人を作る事が多いです。「意見できる」と言うと少し誤解を生みやすそうですが、早い話が「自分が悩んだときに現状を相談/確認出来るような存在を1人作っておく」という意味です。
このような存在が居ると、自分の中にある意見をしっかりと確証付ける事が出来ます。「勉強を教える事は、自分の中で確認する作業になって、自分も勉強になる」という話がありますが、あの理論と同じです。
自分が考えている事を人に説明する事が出来れば、自分の考えはそれなりに纏まっていると考えても良いのではないでしょうか。
終わりに
今の自分の中にある考えを文章化してみました。
今後の経験で今持っている考えが変わるかもしれません。この文章を今後見た時に、どのような事を思うのかを期待してこの文章を締めたいと思います。
ところで
明日の担当は…やっぱり居ませんね…誰か書いて…